中国の知られざる秘薬 雲南田七  岡本彰文・岡本由利 共著  嶋野武 監修  史輝出版

五臓六腑に田七人参        木島孝夫 著                ハート出版

きれいな血液が万病を消す     岡田研吉 著                徳間書店

中国古代周王朝物語

 

周王朝は今から三千年あまり前に始まった王朝で、以後八百年続いた中国で最も永い王朝です。

最初から二百数十年経った後、幽王の時に現在の西安の郊外にあった都が異民族に占領されて、東の洛陽に都を移しました。以後西安の時代を西周・洛陽に都を定めてからを東周と呼ぶようになりました。

東周が実権を持っていたのは百年くらいで以後は、周の王族や功臣が治めていた地方政権が力をつけてきて、周の治政は名ばかりとなり、春秋時代へと移っていくのです。春秋時代の今から千五百年前の人孔子が周の全盛期を理想の国家像と言っていますが、周がどんなに安定した国だったかを物語るものと言えましょう。当時の国家体制は帝王が立法・司法・行政の三権の長であり、帝王の知力・徳力・体力が優れていないと国が乱れてしまいます。また帝王には引退というものがなく死ぬまで帝王でいるわけですから、成人病にかかるわけにもいかず、もちろん老人ボケもあってはならないことなのです。政治・経済・文化に優れていた中でも特に医療制度の面で後の時代にはなくなってしまった優れた制度があったことが

「周礼」という書物にのっています。

医者で病気を治す者、食医は帝王の食事に注意をして材料を吟味し、健康食を食膳に供する者、また疾医は、現代の健康保険医や公衆衛生専門医に匹敵するもので、周の国民であったら誰でもその門戸をたたくことができ、春夏秋冬の公衆衛生に気を配ることがその職務とされていました。

今でもそうですが、古来より中国人は男子が後継ぎとされ、男子が生まれるのが大変重要なことでした。したがって後宮に数多くの女性を置いたのも趣味や遊びの世界だけでなく、男子を生ませる機会を多くしようという考え方もあったようです。軍備を整えて、いざというときの戦争の準備を行ったり、国の財政や文化の興隆、裁判官を勤めたりと猛烈な体力と知力、そして冷静な判断と連夜の女性との勤めは凡人ではとても勤まるものではありません。そのうえ宴会での飲食が加わっては、早い時期に成人病になったり、免疫力が弱くなって、流行病にかかったらすぐに死んでしまいます。そこで「食医」が重要な役目を果たしていたのです。長白山という山の中で松と竹だけを食している“黒山蟻”。もちろん原形をとどめないようにすりつぶして練ったものを毎日食膳に供していたのです。

黒山蟻がどんな力を秘めているかはその后の王朝には伝わらなかったために、謎とされていました。

わずかに実際の供給地であった長城山麓の部落に何千年もの間、口伝で伝わってきたものを最近発見して、中国の医学会でも注目し出したのです。その発見は1970年代のことです。

現在中国の医学院には数多くの症例・治癒例が残されていますが、それらを総合するとまさしく周の歴代の帝王が食していたことがうなずけるのです。

インポテンツには67例中無効4例、神経衰弱・不眠症には144例中無効は0、

間接リュウマチには471例中無効が12例、高血圧は28例中無効が4例、更年期障害には218例中無効が8例、B型肝炎110例中無効が2例、老人性の腰痛156例中無効が4例と驚異的な結果が出ています。

さらに血液の流れを良くしたり、肺結核・喘息・胃潰瘍・腎臓病やガンにも効き目があることがわかってきました。周の時代の各帝王がいかに冷静沈着に国政を行い、健康を老年に至るまで保持でき、青春を保っていたかがわかってくるのです。国家の安定と発展は帝王一人に託されていた時代に「食医」がどんなに苦労してその健康食を見つけ出したかもおわかりいただけると思います。

またその黒山蟻は長白山中にだけいる螞蟻というただ一種のみが有効なのです。現代はまさしく一般の人々が周代の帝王も食べなかった美食を食し、複雑な社会現象の中でもみくちゃにされ、成人病の発生率も増大しております。

今こそ日常の健康管理に気を配る時期と言えましょう。